🌸桜🌸です。
療育1・療育2・療育3では、親や指導者の考え方や捉え方などについて書いてきました。
闇雲に療育方法だけ書いても、そこに意味ってあるの?と思ってしまうと途中で教える側が迷子になり、やめてしまう場合もあるので、まずは、療育の考え方について書いてきました。
しかし、マインドだけ知っても、具体的に子供と何をすればいいの?となるとさっぱり、分からないかと思います。
そこで今回、1番最初に療育をするために必要な方法を書きたいと思います。
- 山登り、歩き、マラソンをしよう
- 指示の通る関係を築こう
- 療育の具体的方法は、コミュニケーションの取れない子供との唯一の接点
正直、コミュニケーションも取れず、指示も全く通らない子供と何をすればいいのか途方に暮れると思います。
健常児の子育てなら、巷に溢れているのに、障害児とどのように取り組めばいいのか、どのように過ごせばいいのか…と書いている育児書は、ないに等しいです。
発達障害の子供は、親とも友達とも兄弟とも遊べません。
一人遊び…をしているのが現状です。
その一人遊びも外から見たら、異常なほどのいびつさで、遊びと言えるのか?と思うようなことばかりです。😓
梅子さんも幼児期は、ファブリーズや台所洗剤などのプラスチック容器を勝手に出してきては、並べてじっと見つめては、また並び替える…という謎の行為を1日飽きずに続けていました。
本人は、楽しそうなのですが、到底、健常児が好んでするような行為ではありませんでした。
健常児の好むおもちゃなど、めもくれず、お玉や掃除道具のほこり取りなど柄の長いものを持っては、離しませんでした。
理解できない一人遊びをしている子供とどう取り組めばいいのか迷うところだと思います。
そんな時だからこそ、子供と出来ることを書いていきたいと思います。
まずは、体作りをします。
具体的には、山登り、歩く、マラソンです。
我が子は、多動で大変なんです…というお子さんには、特に必要です。
勝手に走り回っているお子さんでも、いざ、親が決めたルート(3キロ)走るとなれば、相当疲れます。
体力はあっても、決められたルートを走るのとは意味が違います。
勝手に好きな所をいかせてくれない!となれば、子供は、気持ちが揺れ動きます。
そこって意外に気をつかわなければいけないのでくたびれます。
それも毎日となれば、状況が違います。
しかし、母親がマラソンをする!という覚悟があれば、最初、激しく抵抗していたお子さんも次第に従うようになってきます。(時間は、相当かかりますが)
ヘレンケラーも最初、手掴みの食事からスプーンを持つよう言われ、サリバン先生の指示にすごい抵抗を見せていました。
スプーンを持って食事をする…という具体的な取り組みがコミュニケーションの取れない子供との唯一の接点でした。
激しい抵抗に負けず、サリバン先生が勝って、教師と生徒の立場を確立していきました。
長い療育の始まりでもありますが、最終、それが子供と繋がっていく手段でもありますので、ぜひご参考にして頂けたらと思います。
- 療育者の考え方を知った後は、具体的方法を学ぼう。
- 一人遊びしかせず、周りに興味を示さない子供と一緒に学習しよう。
- 山登り、歩き、マラソンをしよう。
- 取り組みは、子供とつながる唯一の接点
- 療育は長期戦
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【家庭療育】歩くことで街の中のルールや場所を知っていこう!
結論から言うと、療育の第一歩は、「親の隣で一緒に歩く」ことです。
最初に、質問なのですが、お子さんと一緒に道路を歩けますか?
一緒に道路を歩けること…
これが私の療育の第一歩でした。
梅子さんも幼い頃は、多分にもれず、勝手にどこかにいってしまうか抱っこをせがむ子供でした。
手をつなげば、激しく大泣きし、嫌がって手をふりほどこうとしました。
そして、抱っこして欲しいので、しがみついてきました。
しかし、道路は、そもそも目に見えないルールがたくさんあります。
歩行者は、道路のすみを歩くこと → 真ん中歩くと車に轢かれる
道を横断するとき、左右確認する → 飛び出すと車に轢かれる
信号の色の意味を知っている → 赤信号で行くと車に轢かれる
他にも色々と「ルール」があります。
そんなルールのある外の世界を一緒に手を繋いで歩くことが第一歩でした。
抱っこが当たり前の梅子さんは、初めて道路を歩かせた時は、大泣きの大騒ぎで歩くことも出来ず、半ば、こけこけしながら、歩く練習から始めました。
梅子さんにとって、移動は、抱っこしてくれるものと思い込んでいました。
そう思わせた私の向き合い方に問題があったと後から反省しました。
地域の人は、大泣きして大騒ぎしている子供を見て、最初はびっくりしていましたが、幼い子供だから…ということで、すぐに気にも止めずに、スルーしてくれました。
こういう時は、幼いということが武器になりますね。笑
とにかく抱っこをやめて、嫌がる梅子さんの手をしっかり握って子供と一緒に歩くこと…
それが私の療育の第一歩でした。
後にJ子先生からは、「梅子さんの小学校編 17(地域を歩こう、信号、交通ルール)」にも書いた内容に繋がっていきました。
街は大きな教室です。
まずは、子供をリードして歩くことから初めて下さい。
- 必ず手をつないで歩くことを教える
- 歩きながら、外のルールを少しずつ教えていく
- 子供を必ずリードする
【家庭療育】山登りで空間認知を鍛えていこう!
歩きと並行して「山登り」をしてください。
山登りは、体力や忍耐力もつきますが、一緒に空間認知も鍛えます。
山登りのおかげで梅子さんは、かなり空間認知が鍛えられました。
ここでも1つ質問です。
お子さんは、平坦な道以外にオフロードの道を知っていますか?
街中以外に自然の中を知っていますか?
急斜面に沢山の木が生えた状態を見たことがありますか?
梅子さんは、J子先生に山登りをすすめられるまで自然を全く知りませんでした。
上記で書いたように街中の平坦な道さえも歩けないのに山の中などありえない状態でした。
とりあえず、梅子さんと街の中を歩くことから始めました。
同時に、足を鍛えるため、山登りをしました。
また、幼少期、梅子さんは喘息もあって、すぐに咳がでて、横になる日が多かったです。
ネブライザーも買って吸入していました。
体を鍛えないと勉強も遊びもできない!と思い、梅子さんと定期的に山のぼりをしました。
幸い、住んでいるところが田舎なので、山には事欠きませんでした。
標高は、280m程度の山ですが、ここでも幼少期から小学校時代の梅子さんは、大泣きでした。
山を見るなりもう、嫌だ!と言わんばかり(言葉がないので大泣きで表現)に地面にひっくり返って大声を出して嫌がり、一緒に登れる気がしないくらい暴れていました。笑
梅子さんは、幼少期、異常なくらい体が柔らかく、ふにゃふにゃでした。
体幹がない…という感じで他の重度発達障害のお子さんより、体の作りが未発達でした。
こんなふにゃふにゃの体幹のない梅子さんと一緒に山なんて登るのは、私にとって「苦行」としか言いようがありませんでした。
でも、どうしても体を鍛えたい!という一心で登っていました。
今、振り返って思うことは、登ったことによって、次第に喘息から解放されました。
親子で一緒に同じ目標に突き進むことで一体感が年月を追うごとに増していきました。
山中でも発達障害の「認知の障害」が炸裂していました。
梅子さんは、登りと下りの時、岩の上のどこに足を置いていいのか分からないようでした。
こんなことさえ分からないのか!ということを目の当たりにした時、こんな重篤な障害を放っておくことは出来ない!と思い、青ざめました。
梅子さんが小学校時代、支援学校で一緒だった発達障害の女の子と登った時、その女の子は、平坦ではないけれど、歩きやすい山道を歩くたび、怒っていました。
最初は、理由が分からなかったのですが、観察すると小枝が道をふさぐように落ちていたら、その小枝を越えたくない!ということでイライラして怒っていたようでした。
足をあげて小枝を超えるのを嫌がっていただけでした。
舗装された綺麗な道路しか歩いたことのない女の子にとって、山道は、歩きづらく邪魔ばかりするものがいっぱい落ちている!という意味で怒っていたようでした。
梅子さんが幼少期から始めた山登りも小学校高学年になってようやく山を見ても泣かなくなりました。
何年もかかりましたが、私の指示が通るようになった頃には、大泣きがなくなり、問題行動も薄れてきました。
山は、梅子さんを身体の面でも、精神面でも逞しくしてくれた場所でした。
最後に登り終えた時の山頂から見る自分たちが住んでいる街を眺めるのが好きになっていった梅子さんです。
梅子さんには、言葉がないので、美しい…とはいえないけれど、山頂から見下ろす景色は、多分、美しいと思っているんだろうな…と私が勝手に想像しながら梅子さんを見ていました。
- 山は、体力・精神力・忍耐力を鍛える場所
- 山は、体作りにはかかせない場所
- 山は、空間認知を鍛える場所
- 山は、指示の通る関係を作れる場所
- 苦労して登った山頂から見た景色は、美しいと感じる場所
【家庭療育】マラソンをすることで運動会で活躍しよう!
結論から言いますと、歩く以上に大切なマラソンです。
最初に「歩く」ことについて書きましたが、小学校から高校まで「走る」ことは宝です。
理由は、運動会です。
リレーや徒競走があり、そこで走ることをしなければいけません。
また、体育の授業でも走ることは、毎回、行われています。
しかし、他者が走り方を教えてはくれません。
教えられるのは、親だけだったのを長年見てきました。
まずは、「走り方」から教えてあげてください。
多動のお子さんでも、いざ「走って」と言われると走れなくなる子供さんもいます。
意識的に「走る」と言うことを教えるだけで、運動会で使えます。
では、梅子さんは?…と言うと、J子先生の療育センターに入会してからまず最初に教えていただいたのが「毎日のマラソン」と「月2〜3回の山登り」でした。
梅子さんは、歩くのも大変なのに、マラソンなんて…と正直思いました。
でも、マラソンをさせないと療育に影響するかもと考えました。
地域の道路を走らせるのは危ないと思い、毎日、夕方になってから大きな木材団地の中2.5キロほど走らせました。
歩くのも嫌な子供を走らせるのは、至難の業でした。
嫌がることは想定内でしたが、1番私が驚いたのは、走るために足をどう動かせばいいのか、分からない梅子さんに驚きました。
普通、子供なら、教えなくても知っていることがわからないのです。
そこが梅子さんの障害の正体でした。
J子先生がいつも私に「この子たちは、教えなければ生きてはいけません」とおっしゃっていた意味を知りました。
そして、1週間ほど一緒に走るようになった頃、梅子さんに少しずつ変化が出てきました。
日常生活の中で私の言葉を聞いて、わかる範囲で指示が通るようになってきました。
後日、J子先生から「そろそろあなたの指示が通るようになってきたでしょ。笑」とおっしゃって頂きました。
なんで分かるんだろう…と最初、驚きましたが、J子先生は、そういうものです…という感じでそれ以上は何もおっしゃりませんでした。
でも、今、振り返って思うと、当たり前なんですよね。
梅子さんに指示が通り出した理由
梅子さんは、山登り、マラソンという課題をする事によって、私と連帯感が生まれ、誰がリーダーなのかを少しずつ理解してきました。
私の言葉に耳を傾け、分かる範囲で言うことを聞くようになってきたのでした。
この関係は、遊びの中では、絶対に生まれない関係です。
親子ではなく、師弟関係が出来つつある状態でした。
分かりづらいからこそ、本当は、リーダーが欲しかったのでは?と思ってしまうくらい発達障害の梅子さんは、心細かったのかもしれません。
梅子さんに限らず、発達障害の子供さんは、リーダー的存在がいないと糸が切れたタコのようにどこに飛んでいくのかも分からず、人生に迷走してしまうのだと思います。
ヘレンケラーにサリバン先生がいたように、発達障害のお子さんには、身近で信頼できる人間のリーダーが必要なんです。
それを梅子さんとJ子先生から教わりました。
- 走り方が分からない場合は、足をあげることから教える。
- 決められたコースを親の隣で走れるようにする。
- 並走して走ることで、親子の関係ではなく、師弟関係へとうつる。
- マラソンを通して指示の通る関係を作ろう。
- 運動会でも走れることで、学校の中でも居場所を作れる
次回は、数の世界ついて書いていきたいと思います。
では!🌸桜🌸